千種高等学校ブログ  Vol.Ⅱ

カテゴリ:2013.2

第38回卒業証書授与式

本日まれに見る好天の下、第38回卒業証書授与式が挙行されました。厳粛な中にも温かみのある、そして若い力への期待が大きく膨らむすばらしい卒業式でした。また、お忙しいにも関わらず、21名のご来賓の方々にご臨席を賜り、この場をお借りして改めて厚くお礼申しあげます。

  

【卒業式点描】
  
          卒業証書授与               校長式辞                在校生送辞                 
  
        卒業生答辞          卒業生「仰げば尊し」斉唱            卒業生退場
 
【放課後の様子】
   

  

  

38回生の皆さんは、堂場祥平君の答辞にもありましたように、「絆(きずな)」という言葉を大事にして仲間づくりをしてきました。人に対する「思いやり」を大切にするとともに、今や千高生の代名詞ともなっている「明るいあいさつ」・「さわやかな笑顔」を実践し、体現してきてくれたのがまさに彼らであったのです。

上の写真からもおわかりになるかと存じますが、今日の放課後、先輩から後輩へと確かな心のバトンタッチがなされ、「これからの千種高校をよろしく!」と、やはりさわやかな笑顔を残して卒業していきました。38回生の皆さん、これから皆さんは進学や就職の形で広い世界へと出ていきますが、また折りにふれて学校へ遊びに来てください。いつでも私達は待っています。

千種高校歴史紹介シリーズ③

千種高校歴史紹介シリーズ③ 校訓額「自立・信愛」

千種高校の校訓「自立・信愛」については、制定年月日やその意味するところ、そして本館西側に鎮座する校訓碑の由来について前回紹介をさせていただきました。如何なる学校であれ、小中高の別を問わず、その学校の校訓を記した校訓碑や校訓額は必ずあるものであり、特に珍しい話でもないのですが、千種高校ほど多くの校訓額を掲げている学校は他に例を見ないと思います。まずはそのすべてをご覧ください。


           校長室  林 正男 先生 書


           職員室  林 正男 先生 書


           会議室  山部 一之 先生 書


           体育館  山部 一之 先生 原書(彫刻版)


           応接室  林 正男 先生 書?

本校には5つの校訓額があり、それぞれの場所で「自立」と「信愛」が、生きる上で非常に大事であることを訴えかけてくれています。我々教職員も、職員室で日々この校訓額を眺めているわけですが、自分たちがこの校訓の意味を忘れてしまってはいないか、常に問い続けたいものであります。

さて、「林正男(はやし まさお) 先生」ですが、千種生まれの方なら誰でもご存知の有名な方であるようで、昭和50年1月から55年3月まで千種中学校の校長先生をされていました。また、それ以前に千種東小学校(平成22年度末閉校)の校長であられた時に、千種に昔あった「チャンチャコ踊り」を復元された方でもあります。昭和52年、校長として千種中学校の当時の教師集団を率いて出版された教育実践記録集「よろこびそだつ」は目を見張るような名著であり、今読んでも新しい知見に満ちたものとなっています。元々は、国語や書道の先生であられたようで、千種町内でも先生の号である「柳生」の入った扁額をよく見かけます。千種羊羹(ようかん)で有名な「塚崎末廣堂」様のお店にある「羹羊練(ねりようかん)」の額。旅館「瀧長」様の広間に掲げてある「室満気留」(りゅうきしつにみつ:この地に留まって旅の疲れを癒やそうという空気がこの部屋には満ち満ちている)を始めとする書画の類など、見かけられた方も多いのではと思います。応接室の扁額には号(名前)が入っていないので誰の作か不明なのですが、書体から林先生ではなかろうかという推測をしています。この作品だけ文字が左から書かれており、他の作品はすべて右から書かれています。いずれの作品もいつごろ書かれたものか現在のところわかっていません。数年前に、先生はお亡くなりになったとのことで、そのお声を聞くことができないのが残念です。

次に、「山部一之(やまべ かずゆき) 先生」は、本校で昭和48年から平成14年まで29年間書道を教えておられた方で、現在も山崎町元山崎のご自宅で「山部一翠(いっすい)書道教室」を開いておられます。山崎高校六回生で現在77歳、喜寿のお年を迎えておいでです。会議室の扁額には、(上の写真では画素数を落としているため見ずらいですが)校訓の横に「庚申春 一翠 書」とあります。「一翠」は先生の号で、「庚申春(こうしん[かのえさる] はる)」とは「昭和55年春」のことですが、本校の校訓「自立・信愛」が制定されたされたのが「昭和55年2月25日」でありますので、この山部先生の書がその直後に書かれたものであるということで、最も古いものであるということがわかります。電話で先生にその時のことを伺うと、「学校で校訓を決められて、その後すぐに書いてくれと頼まれ書きました。校訓の意味するところが生徒の皆さんに伝わればと願っています。」とのことでした。先生は、山崎高校、伊和高校、山崎東中学校の校歌額を書いておられ、地元山崎を中心に各所で作品を残されています。なお、体育館の校訓額は、平成11年に第24回卒業生の方々が卒業記念品として贈られたものなのですが、これは山部先生が直接書かれたものではなくて、会議室の書を原版として写し、文字の部分を彫ってそこに墨を塗って作製されたものです。ここには、校訓以外に「一翠 書」とはありますが、「庚申春」や落款(印鑑)は省かれています。

いずれに致しましても、学校内の各所に校訓額がこれだけ多数あり、いつどこにあっても私達を見守ってくれているということの意味を噛みしめつつ、明日2月28日の第38回卒業証書授与式を迎えたいと思います。

卒業式予行の日

卒業式予行の日を迎えた千種は昨夜来の雨が上がり、城山・笛石山・後山から雲が花のように浮かび上がって来る見事な朝となりました。写真は、午前7時に七野(ひつの)から撮ったものです。

  

予行の日を迎えた3年生は、昨日と比べてもかなり緊張の度合いが増してきて、1限に教室で行った卒業証書の受け取り方や礼の練習、そして式歌「仰げば尊し」の歌詞もだいぶ覚えられて声も大きくなり、相当気合が入ってきたなと感じました。

   

2限には3年生のみの練習を体育館で行い、一人一人が呼名(こめい)をされて壇上に登る時のタイミング等について入念にチェックをしていました。3限は、在校生も加わって皆勤賞を始めとする各種の卒業生表彰伝達式。そして、明日の式典の流れを押さえる予行が行われました。6限から放課後にかけて式場の準備も全て整い、明日を待つのみとなっています。卒業生の皆さん、また、在校生の皆さん、明日は高校教育3年間の集大成の場です。共にベストを尽くしてすばらしい式に致しましょう!

3年生 久々の登校

本日は、3年生にとって久しぶりの登校日でした。1月31日以降引き続き勉強をしていた人、アルバイトをして学費を稼いでいた人、合宿型の自動車教習に行っていてへとへとになってやって来た人…と様々でしたが、話に花が咲き、やはり高校生活の一番の宝は「友達」だと実感できた一日でした。

  

1時間目は、まず大掃除。教室はもちろん、本館や新館の廊下や階段、そして職員室や生徒昇降口の窓ふき、更にはトイレ掃除や外周りまでを丁寧に、みんな一生懸命にやってくれました。「3年間の感謝を込めて…」ということであったようです。ありがとうございました。

  

2時間目と3時間目は、まず教室で学年主任・福永先生や担任の上山先生からの訓話。続いて「起立、礼」の練習。場所を音楽室に変えて主に式歌「仰げば尊し」を練習。ピアノによる伴奏のCDを聞きながら、福永先生の先導で何とかメロディの概略はつかめたとのことです。そして、また場所を体育館に移して式歌及び校歌の練習…とかなり盛りだくさんではありましたが、明日の予行演習では「さすが先輩!」と後輩たちをうならせてくれることでしょう。

「はぎ保育園」の子どもたちと雪遊び

本日、姫路市豊臣町にある認定こども園「はぎ保育園」の年長さん(5歳児)約60名の子どもたちがちくさ高原スキー場にやって来て千種高校のお兄さんやお姉さんと一緒に雪遊びを楽しみました。
   
  ちぐみん
今日の雪遊びに参加したのは、既に千種小学校の児童の皆さんの間でも人気者の3年生の生徒達、男子3名女子4名。特に、女子のうち2名は公立短大の保育学科や幼児教育学科に進学することが決まっており、入学を前にして保育実習を行う絶好の機会となりました。

   
                                                          
この週末には新しい雪も積もり、また今日は天気も良くて、ちくさ高原は夢のような銀世界。子どもたちは大いにはしゃいでそり遊びをしたり、雪の中で飴玉を探す「宝さがし」をやったり、雪だるまをつくったり、雪上の動く歩道「ちぐみんベルト」に乗ったりして、千種高校の生徒達や保育士のお姉さん達と一緒になって雪また雪の一日を満喫していました。来年もちくさ高原へ是非いらして下さい!