去る21日の土曜日夕刻、町内鷹巣にある「たかのす東小学校」、つまり平成22年度末に閉校となった「千種東小学校」で「ふれあい食堂」が開かれると聞いたので行ってきました。ワンコイン、つまり500円でものすごい量の料理が出て来てびっくりしたり、次々とやって来る人たちと楽しく話をしているうちに時が過ぎて、今回掲載の食堂の様子はかなり遅い時間のもので料理が写っておらず申し訳ないのですが、閉校となった小学校の施設を国や県の補助金等も得ながら地域(鷹巣自治会活性化委員会)の方々が知恵を出し合って頑張っておられる様子がよくわかりました。
右 宿泊棟、左 食堂・事務室等 体育館 食堂・厨房
宿泊棟内部(元は教室棟) 元職員室(今は憩いの部屋) 元音楽室(カラオケもできます)
実は、食事をした食堂及び厨房は今回が初めてのお目見えで、「ふれあい食堂」や「ふれあい喫茶(毎月第1土曜日午前中)」も、これからさらに賑やかになるだろうとのことです。地元鷹巣の皆さんを中心に大勢の方が来られて、用意されていた40食の豪華料理も見事完売。遅れて来られた人は、スタッフ(鷹巣の元気なお姉さん方)の、有り合わせですが心づくしのお料理に舌鼓を打っていらっしゃいました。次回は7月12日(土)午後6時からとのことです。また、同自治会の様子はHPがありますのでこちらをご覧ください。(たかのす)
今回私たちが同地区のふれあい食堂に行ったのは、地域の活性化策を「ビジネス基礎」という商業科の授業で考えて、地域活性化のための「ビジネスプランコンテスト」に応募したいという考えがあるからです。近いうちに千種町商店街の空き店舗を活用して、千種高校生による活動発表や何らかの販売実習を定期的に行う予定ですが、これとは別に平成23年度末に閉校となった「千種北小学校」の校舎を活用してのプラン作りに取り掛かる予定です。それならば、既に多種多彩なアイディアを出して地域の活性化に取り組まれている鷹巣地区の実例を見て、地元の方々と大いに語り合うべきだとのことで、今回お邪魔したという次第です。明日の26日(木)午後、ビジネスプランに関する出前授業を、そのコンテストの協会関係者をお招きして行います。どんな活性化策を千高生が編み出すか、どうぞご期待ください。
ところで、その食堂に「千種東小学校」校歌が陶板に書かれて架かっていたり、その2階には元東小校長・千種中学校長であられた林正男先生の筆による校歌額が架けてありましたのでよく見ると、作詞が八木好美(やぎよしみ)先生であることがわかりました。作曲は西崎嘉太郎先生とありました。八木先生は、新宮町東觜崎生まれ(大正初期)の有名な詩人で、旧制龍野中学校時代の若い時期から詩才を発揮し、昭和9年頃にはかなりの作品を発表されています。戦後も新宮中学校等で教鞭を執られた国語の先生で、教頭や校長にもなられたようです。時期的に、やはり旧制龍野中学校出身の安田青風先生(千種中学校校歌の作詞者、太子町出身)と重なり合う部分があり、安田先生も中央(東京)にも名の聞こえた有名な詩人で、若い頃は旧制龍野中学校で5年、山崎高等女学校で10年間国語の教師として活躍されています。八木先生は、宍粟市内では河東小学校、佐用郡では佐用小学校や三日月小学校(前身の広業小学校も)、それから太子西中学校など、かなり数多くの小中学校の校歌の作詞をされています。その意味では、我が千種高校校歌の作詞者松井利男先生と良い勝負となるのではないかと思います。手元に昭和49年発行の『花と獏と』(大塚徹氏と共著、深苑社)という詩集がありますので、そこから幾つか参考に写真を掲載しておきます。
陶板の校歌額(食堂) 林正男先生直筆校歌額(2階) 河東小学校(山崎町)校歌碑
八木先生近影 中央三木露風先生、後列右 『花と獏と』表紙 『花と獏と』口絵
近影写真は昭和49年頃のもの、そして2枚目は昭和15年11月11日、「ふるさとの」の詩碑除幕式で露風先生が来龍され、聚遠亭で撮られたもの。八木先生は後列向かって右側の坊主頭の方で、露風先生が51歳の時ですから25歳ぐらいではなかろうかと思います。因みに前列右側は、露風先生ご夫人のなか様です。『花と獏と』の表紙や口絵を飾るのは、やはり同郷の森崎伯霊画伯で、その優しい筆遣いを見ると心がほっと落ち着きます。安田先生については、また別の機会に取り上げたいと思っています。